今市市

鬼怒川水力電気

鬼怒川水力電気 05 (下滝発電所、逆川ダム)

前回まで、鬼怒川水力電気㈱の設立と、黒部堰堤(ダム)について調べたことを発表した。 今回は当時の塩谷郡藤原村大字下滝に建設された「下滝発電所」とそれに付随する工事について調べる。大正時代の鬼怒川水力電気地図。緑の点線は水道管を埋めた隧道。(...
鬼怒川水力電気

鬼怒川水力電気 04 (黒部堰堤・黒部ダム2)

鬼怒川水力電気の工事の簡易年表 (地理院地図を利用して作成)黒部ダムの竣工青柳大橋から望む黒部ダム鬼怒川水力電気案内図 さて、東京に向けての送電が開始された後の大正2年(1913)9月16日、黒部ダムがようやく竣工した。完成したダムは当初の...
鬼怒川水力電気

鬼怒川水力電気 03 (黒部堰堤・黒部ダム1)

黒部ダム(黒部堰堤)注:和暦について説明する。鬼怒川水電の工事は明治44年(1911)から大正2年(1913)までが主な時期となる。明治45年(1912)は7月30日より年号が大正に切り替わる。 よって、明治時代の人の発言で「来年の大正元年...
鬼怒川水力電気

鬼怒川水力電気 02 (工事の起工)

発電所建設の過程 鬼怒川水電の工事は、着工に至る前に様々な土地や水利権の買収、賃借契約などを済ませなければならなかった。栃木県の鬼怒川上流は水力発電に有利な条件を備えているということで、ほとんど人が住んでいない場所にも関わらず、発電用の水利...
鬼怒川水力電気

鬼怒川水力電気 01 (鬼怒川水力電気の設立)

東洋一の水力発電所 今市から国道121号線を鬼怒川温泉方面に向かい、日光市立藤原中学校の先の跨線橋を通ると、ちょうど正面右手の山に見えるのが「東京電力リニューアブルパワー㈱ 鬼怒川発電所」である。 これは栗山村(現・日光市)の黒部ダムを水源...
街道

日光市の道路元標

ひと月に最低一つは記事をアップロードしようと思っているのだが、今調べていることは話が大きくなりすぎてまとまっていない。 仕方がないと言っては何だが、日光市の「道路元標」についてお話しよう。道路元標とは 大正8年(1919)の旧道路法では各市...
今市地震

今市用水の改良問題 (今市と宇都宮の水道の歴史 9)

さて、ここまで説明した「宇都宮水道の拡張事業」、「今市町上水道敷設」とほぼ同時期に行われた大きな事業が、「今市用水の改良問題」である。 この章では、昭和23年(1948)から昭和28年(1953)にかけて起こったことを調べてみる。今市用水の...
日光市の郷土史

今市町上水道敷設 (今市と宇都宮の水道の歴史 8)

ここまで大正5年(1916)に給水を開始した宇都宮市の水道と今市の関連について調べたが、この章からは時代が下り、昭和20年代の話となる。今市の上水道敷設の機運 皆さんは聞いたことがないだろうか。 「今市浄水場は宇都宮のものなんだよ。昔、今市...
今市地震

戸祭配水場 (今市と宇都宮の水道の歴史 7)

「配水場」とは浄水場より配水管を通ってきた水を各蛇口まで導く役割をもち、何かのトラブルで浄水が一時的に止まってしまった場合でも安定して配水できるように、「配水池」として浄水をためておく役割も持つ。 この章では戸祭山に築かれた「戸祭配水場」に...
日光市の郷土史

第六号接合井 (今市と宇都宮の水道の歴史 6)

第六号接合井 今市から宇都宮に向かって日光街道を進むと、徳次郎(とくじら)を過ぎて富谷小学校の少し先の左手に、写真のような建造物がある。宇都宮市水道 今市水系 第六号接合井 なかなか趣のあるこの赤煉瓦の建造物、これが今回のテーマである「第六...
今市地震

今市浄水場と戸祭配水場をつなぐ送水管 (今市と宇都宮の水道の歴史 5)

大正時代から昭和にかけて、今市町と宇都宮市を結んだ水道について調べた。
今市地震

今市浄水場 (今市と宇都宮の水道の歴史 4)

大正時代から昭和にかけて、今市町と宇都宮市を結んだ水道について調べた。
日光市の郷土史

今市用水 (今市と宇都宮の水道の歴史 3)

大正時代、今市町と宇都宮市を結んだ水道について調べた。
日光市の郷土史

宇都宮の水道敷設計画 (今市と宇都宮の水道の歴史 2)

大正時代、今市町から宇都宮市までを結んだ水道について調べた。
日光市の郷土史

宇都宮の水(今市と宇都宮の水道の歴史 1)

日光市立今市小学校と滝尾神社の裏手に、「今市浄水場」がある。2023年4月現在ではコロナ禍のために開放されていないが、中には広々とした貯水槽と古い建物を利用した水道資料館がある。 これは実は「宇都宮市の上下水道局」が管理運営しており、正式名...
日光市の廃校

今市の廃校10 和正舎(小林小学校)の分校 (4完)

日光市立小林小学校(和正舎)の分校跡を辿ってきたが、最後に旧篠井村の財政と合併についてまとめた。
日光市の廃校

今市の廃校10 和正舎(小林小学校)の分校 (3)

日光市立小林小学校の明治時代の分校の跡を探す。今回は下小林・塩野室・沢又の分校の跡を探してみる。
日光市の廃校

今市の廃校10 和正舎(小林小学校)の分校 (2)

日光市立小林小学校(和正舎)の開校について調べてみる。清水沢見とは何者なのか。清流寺とはどこにあったのか。
日光市の廃校

今市の廃校10 和正舎(小林小学校)の分校 (1)

はじめに 今回は明治期、小林小学校の開校と、今は廃校になった当地の分校について調べた。・小林小学校が開校した場所・当時開校した分校の跡を探っていく。 最初に明治の頃の小林地区と小林小学校の成り立ちから説明したいと思う。 小林小学校は創立15...
日光市の郷土史

十石坂の真実(日光東照宮の石鳥居)

十石坂とは十石坂 今市に住んでいて、十石坂を知らない人はいないと思う。改めて説明すると、十石坂は例幣使街道の途中、日光市明神にある急坂である。 そして、多少なりとも郷土史好きな人は、おそらくこう言うだろう。「日光東照宮の造営のときに、筑前福...