日光市の郷土史

日光市の郷土史

倉ケ崎の会津西街道の古道

今回は、栃木県日光市(旧今市市)の倉ケ崎ー大桑周辺の「会津西街道」の古道について調べた記事である。我ながらかなりマイナーな記事だなとは思うのだが、考えてみれば今まで一度もメジャーでワールドワイドな記事なんて書いたことがなかったことに気づいて...
日光市の郷土史

龍王峡と五龍王神社

龍王峡の名付け親である矢島市郎、無名の渓谷にハイキングコースを提案した斎藤茂吉。ちょっぴり深い龍王峡の歴史をたどります。
日光市の郷土史

栗本義喬

今回は、 瀧尋常小学校の回で簡単にご紹介した「栗本義喬くりもとよしたか」氏について調べた。 栗本氏は大正時代、鬼怒川小学校の前身となる瀧尋常小学校の校地を寄付した人物で、鬼怒川温泉の発展の礎の一人に数えられる。 栗本氏についてインターネット...
日光市の郷土史

華厳の滝が消える日 (中禅寺ダム見学会)

新発見!! ダムの魅力探索旅 令和5年7月26日、日光市の中禅寺ダムの見学会「新発見!! ダムの魅力探索旅」が開催された。日頃は関係者以外立ち入り禁止であるため貴重な機会である。 僕は特にダムには興味がないのだが(世の中にはダムカードなるも...
今市地震

今市用水の改良問題 (今市と宇都宮の水道の歴史 9)

さて、ここまで説明した「宇都宮水道の拡張事業」、「今市町上水道敷設」とほぼ同時期に行われた大きな事業が、「今市用水の改良問題」である。 この章では、昭和23年(1948)から昭和28年(1953)にかけて起こったことを調べてみる。今市用水の...
日光市の郷土史

今市町上水道敷設 (今市と宇都宮の水道の歴史 8)

ここまで大正5年(1916)に給水を開始した宇都宮市の水道と今市の関連について調べたが、この章からは時代が下り、昭和20年代の話となる。今市の上水道敷設の機運 皆さんは聞いたことがないだろうか。 「今市浄水場は宇都宮のものなんだよ。昔、今市...
今市地震

戸祭配水場 (今市と宇都宮の水道の歴史 7)

「配水場」とは浄水場より配水管を通ってきた水を各蛇口まで導く役割をもち、何かのトラブルで浄水が一時的に止まってしまった場合でも安定して配水できるように、「配水池」として浄水をためておく役割も持つ。 この章では戸祭山に築かれた「戸祭配水場」に...
日光市の郷土史

第六号接合井 (今市と宇都宮の水道の歴史 6)

第六号接合井 今市から宇都宮に向かって日光街道を進むと、徳次郎(とくじら)を過ぎて富谷小学校の少し先の左手に、写真のような建造物がある。宇都宮市水道 今市水系 第六号接合井 なかなか趣のあるこの赤煉瓦の建造物、これが今回のテーマである「第六...
今市地震

今市浄水場と戸祭配水場をつなぐ送水管 (今市と宇都宮の水道の歴史 5)

大正時代から昭和にかけて、今市町と宇都宮市を結んだ水道について調べた。
今市地震

今市浄水場 (今市と宇都宮の水道の歴史 4)

大正時代から昭和にかけて、今市町と宇都宮市を結んだ水道について調べた。
日光市の郷土史

今市用水 (今市と宇都宮の水道の歴史 3)

大正時代、今市町と宇都宮市を結んだ水道について調べた。
日光市の郷土史

宇都宮の水道敷設計画 (今市と宇都宮の水道の歴史 2)

大正時代、今市町から宇都宮市までを結んだ水道について調べた。
日光市の郷土史

宇都宮の水(今市と宇都宮の水道の歴史 1)

日光市立今市小学校と滝尾神社の裏手に、「今市浄水場」がある。2023年4月現在ではコロナ禍のために開放されていないが、中には広々とした貯水槽と古い建物を利用した水道資料館がある。 これは実は「宇都宮市の上下水道局」が管理運営しており、正式名...
日光市の郷土史

徳川家康の遺骸 03

徳川家康の遺骸は改葬されたのか?天海のとった行動とは?
日光市の郷土史

徳川家康の遺骸 02

徳川家康の遺骸はどこにあるのか。なるべくフラットな目線でお伝えします。
日光市の郷土史

徳川家康の遺骸 01

徳川家康の遺骸 01徳川家康の遺骸 02徳川家康の遺骸 03 日光山と久能山、2つの東照宮 日光に住む我々にとっては当然、「東照宮」とはすなわち「日光東照宮」のことを指す。だが全国的に見れば東照宮と名のつく神社は100を超えるのだという。僕...
日光市の郷土史

十石坂の真実(日光東照宮の石鳥居)

十石坂とは十石坂 今市に住んでいて、十石坂を知らない人はいないと思う。改めて説明すると、十石坂は例幣使街道の途中、日光市明神にある急坂である。 そして、多少なりとも郷土史好きな人は、おそらくこう言うだろう。「日光東照宮の造営のときに、筑前福...
日光市の郷土史

如来寺の化け桜

如来寺雪の如来寺 星顕山光明院如来寺 せいけんざんこうみょういんにょらいじ は室町時代に創建された浄土宗の寺院である。徳川将軍の日光社参の際の御殿が建てられたり(寛文5年(1665)下賜後に、寛保2年(1742)焼失)、二宮金次郎の葬儀(安...
今市史談会

小来川の黒沼 (今市地震の爪痕・外伝)

黒沼 今市から平ケ崎、山久保と抜け小来川方面に向かう道の右手に、「黒沼」という地がある。沼というが水は無く、湿地とも言い難い。 ではなぜここを黒沼というのだろうか。小来川の黒沼 ここ黒沼から1kmほど南下すると、右手に八坂神社の鳥居が見える...
日光市の郷土史

日光街道を歩く14 その後

旅を終えて ここまで10日間に渡り合計の234kmの道のりを歩いてきたわけだが、旅の終わりにその感想を書いてみる。首都トーキョーの光と影 東京は開発が進みに進んだ大都会であるが、それでも江戸の頃の歴史をしっかり満喫することができた。多くの先...