今市地震の爪痕(12) 板橋 紡績堀・二宮堀 震災復旧記念碑

f)板橋 紡績堀 二宮堀 震災復旧記念碑

 板橋の栖克(すみよし)神社の参道に設置されている。この周辺は紡績堀と二宮堀の2つの用水路が地震によって破壊され、灌漑設備が壊滅的な被害をうけた。2つの堀の修繕はわずか1年3ヶ月後に達せられた。

 「二宮堀」とは、嘉永年間に日光御神領開拓の使命を帯びて今市に滞在した二宮尊徳が、板橋、文挾近辺を開発するために建設した堀である。

 「紡績堀」は、明治年間に耕地の拡張と鹿沼市の「帝国製麻会社」の工場用水とを目的として建設されたため、通称として「紡績堀」と呼ばれた。
 板橋宿の氏名には、「戊辰秘話日光山麓の戦」等の著者でおなじみの田辺昇吉氏の名も見られる。

栖克神社の参道の右側に設置されている。表面
裏面

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