野口沼 (今市地震の爪痕・外伝)

 令和7年の冬、意を決して野口沼に行ってきた。
 野口沼とは昭和24年(1949)12月26日、栃木県の今市地方を襲った大地震、「今市地震」によって出来た沼である。
 地震についての記事は拙サイトのリンクを辿っていただきたい。

 沼の存在は随分前から知っていたが、ここに関する情報は極めて少なく、稀に場所をご存知の方に巡り合っても「もしも行くなら絶対に落ちないように。助けてもらえないからね」と強く言われる始末である。

 今は誰も行く人がいない上、夏場は背が高い雑草に阻まれてたどり着くことが出来ない。山中の道はかなりガタガタで、草木で足元が見えないのは非常に危険である。
 よって、おすすめの季節は冬、そして雪がない時期である。

 まずは沼の概要からご紹介しよう。

野口沼(今市地震)
野口沼(地理院地図を利用して作図)

 地理院地図にも載っている野口沼。料理に使うお玉のような形をしているように見えるが、実際は柄と持ち手の部分は干上がっている。
 以下の地図は今市地震がおきる以前の地図(昭和10年発行図)と現在の比較である。野口沼はもともとは谷を流れる細い沢だった。
 今市地震によって南側の神社のマークが見える山(通称・天王山)が崩れて沢をせき止め、沼となった。
 今市地震の翌日、この周囲の山崩れの様子を視察するために営林署の職員がやってきたが、運悪くそこに大きな余震が襲ってきて、再度天王山が崩れた。
 幸いにして職員たちは無事に逃げ切ったが、そのときの感想が「山が追いかけてきた」とのことだ。
 人生の中でそんな表現をする機会はまずないだろう。凄まじい経験であったと思われる。

今市地震以前の地図
今市地震以前(昭和10年)の地図と現在の比較(今昔マップ on the webを利用して作図)

 ここにたどり着くためには、野口の集落から歩いて日光自動車道の下をくぐる。野口沼から流れる沢には簡易的な木製の橋が架けられているので、それを渡って森の中に入る。

 林道のように見える道は、道と言えば道に見えなくもないが、何せ全く人が入らない山中である。ここには空き缶や飴のゴミのような人工物は何もない。
 スマホの電波は届いているので、GPSなどを駆使して沼の方角に向けて進もう。この森の中は同じような景色なので、自らの方向感覚は当てにならないと思ったほうがよい。
 正しく進めばゆっくり歩いたとしても10分もかからずに沼にたどり着く。

今市地震によってできた野口沼
今市地震によってできた野口沼

 ご覧のように、とても静かではあるが気持ちが安らぐ雰囲気ではない。
 この沼が出来た頃、この周辺の地権者の一人が、沼に鯉を200匹ほど放したそうだ。鯉は随分と大きくなり、近所の大人や子どもが釣りにやってくるほどだったそうだが、この沼はその後水が干上がって湿地のようになってしまい、鯉は全滅してしまった。
 現在はまた水を湛えているが、魚はいても大したものはいないだろうとの事だ。
 以前はこの周囲に釣り糸を垂れる人々がいたのか。

 帰りは天王山方面を目指し、旧地図にある神社の場所にはもう何もないことを確認し、さらに西に進んで旧・日光紅葉ゴルフリゾート跡の縁を進んで車道に出た。今はソーラーパネルが並ぶ旧ゴルフ場を見て、「よかった、文明の痕跡がある」とホッとしたくらいの不安な山中だった。
 ちなみにその天王山の頂上にあった神社がなんという神社で、今はどこに遷座したのかは調べられなかった。これは後の課題である。

 結論から言えば、沼の岸辺はそれほど急ではないため、まず落ちる心配はないだろう。たとえ落ちたとしても自力で這い上がってこられるくらいの水深であると思われる。
 ただ、怖い。何が起こっても不思議ではない。
 もう一度行きたいかと言われると、やはり否である。

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