以前の記事で、現存する日光市の道路元標について調べた。
今回は、すでに無くなってしまったが記録に残っている道路元標の場所について調べてみる。
大正8年(1919)の旧道路法で制定された道路元標は、栃木県条例「道路元標ノ位置ニ関スル件(大正9年(1920)8月27日 土第3584号)」により、県内各市町村の道路元標の位置が定められた。
設置場所は道路法施行令で直接定められている東京市道路元標を除き、各道府県知事が定めることとなっていた。ほとんどの道府県では翌年の大正9 年に設置位置の告示を出しているが、中には大阪府のように昭和まで告示を出さなかった例もある。また 13 県については位置を指定した資料が発見されていない。
その中から日光市に関するものだけを抜粋してみた。「場所」は上記条例に書かれている所在地である。
合計10個、内訳は旧・日光市に2つ、今市市に4つ、足尾町に1つ、藤原村に2つ、栗山村に1つである。
現在、実物が確認されているものはその中の4つしかない。
日光
日光町道路元標 (確認済み)
場所:大字日光地内 府県道宇都宮日光線と日光足尾線との分岐点
日光町道路元標は現存する。通り過ぎる日本人や世界各地の観光客は特にこれに気を払うことはなく、しゃがみ込んで道路元標を撮影する筆者を見て、外国人もなぜかこれを撮影していた。もっと正確に言えば、しゃがみ込んで石を撮影する日本人を撮影していたのかもしれない。

小来川村道路元標 (推測)
場所:字森崎地内 府県道古峰ヶ原今市線と古峰ヶ原文挟停車場線との分岐点
小来川の中心部の交差点は随分と開発が進み、道路元標が設置された当時の地図は現在のものとかなり違う。以下の図は、地理院地図の現代の地図に昭和4年測図の道路を落とし込んだものである。

今市方面から板荷、古峰ヶ原に向かう時に通る信号がある交差点は昭和の後半に出来た道で、滝ヶ原に向かう道は小来川小中学校の裏手を通る道であり、現在のきれいな道は狭い農道だったとのことだ。
古峰ヶ原今市線と古峰ヶ原文挟停車場線の分岐点は、地図に描いた緑の□の場所である。
よって、小来川村道路元標の場所は以下の辺りだったと推察した。

黒川神社の入口から、滝ヶ原ー板荷を結ぶ道、今市と古峰ヶ原を結ぶ道が交差する。
以下の写真は黒川神社入口。

灯籠の前に、何やら横たわった石が見える。
まさかとは思うがこれは…サイズ的にも…小来川村道路元標じゃないよね…?墓石かな?

勝手にシャベルで掘り起こすわけにもいかないので、これは後の課題としよう。
次回は今市の道路元標を調べてみよう。

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